幸福はささやかに・・・

ふとしたことですが

f:id:moshiryu33:20181109161008j:plain

すすき

こないだ、冊子11月号を配布に出かけた際のこと。途中の修道院さんにも寄りました。

畑で採れた大根などもさしあげようと車から降りると、お手伝いのお婆ちゃんが(かなりご高齢です)おひとりですごい量の落ち葉を掃かれていました。

「まあ、おひとりで大変ですね」

と声をかけると、

「あら、〇〇さんね」

とすぐ手をとめてエプロンで拭き、満面の笑顔に。

「いつもの冊子と、お大根なんかお持ちしました」

と言うと、さっさと小さい体で裏口まで歩きだされました。

私もついていくと、中に入られ、5分ぐらい(意外に長い)して、元院長先生まで出てこられ、いきなり両手を出して私の手を握られます。

 

あの小さいお婆ちゃんは大根や里芋を、手押しの荷台に乗せてにこにこしながら持っていかれ、先生のほうは

「11月3日に─そう、その日は昔明治節といったのよ─90になりました。あなた、お元気でしたか?」

と話し出され、それからはしばらくおひとりで…。

時々私も答えますが、お耳の悪い御様子。

「もっと(自分が)頑張ってこちらに(修道院)入ってもらいたかったわ。あなたにも息子さんも」

と、大体いつも最後に仰る言葉に、同じように笑って

「いえいえ、私など…」と答える自分。

 

いつもより、握手の力が強かったので、ちょっと帰り道、心配になりました。

 

…雪が降る前、何度か来て差し上げよう! 

落ち葉はきもお手伝いできるといいな。

 

と、心の中で思いながら運転していました。

 

お見送りも、先生はいつも、私の車が見えなくなるまで立っておられます。

90の、骨が弱っておられる方には玄関からの距離は結構長くて、こちらのほうが恐縮してしまうのです。

 

高齢化しているらしい修道院の皆さんは、不便であろう中、やはり修行というのでしょうか、黙々とお仕事をされ、信仰も違う私たちもお優しく迎え、見送ってくださいます。お手伝いのお婆ちゃんも、最初は怖い感じだったのが、少しずつ変わっていかれました。

どなたにも同じように接するのは私たちも同じではありますが、一生を神様に捧げて悔いのないシスターの姿は、自然なままにいつも何かを私に示してくれるのです。

 

もっと野菜持ってくればよかったな…と反省しつつ、思ったことを実行しよう、とまた思っている今日の私です。