幸福はささやかに・・・

おかあさん、なあに ♬

 

ある日ある子が 「おかあさん!」

と言いながら、私が仕事をしている部屋におやつを持って入ってきました。

 

ちょっとびっくりして振り向くと、その子は普通にしていましたので、自分は照れたのを隠して

「有難う!」と受け取りました。

 

本当のお母さんとは長い間にちょっとすれ違ってしまい、もちろん情はそのままあるんだけれど、離れていた方がお互いうまくいく関係……そんな親子も世の中にはあります。

 

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思えばこれまで20年間に、色々なケースを垣間見てきました。

 例えば、ほんの一部を言うと、

 

・子供が(といっても大体成人)ここに来た途端、一切連絡を取らない

・少ないお金で暮らしていてもお小遣いの一度もくれない、それどころか自分が困ると「通帳管理してあげる」と横取りしようとする

・大震災があっても何の心配もしない

 

 そんな親御さんが本当にけっこういます。

(しかし、大半は皆さん、ちゃんと支えて下さっています)

 

子供自身にも問題がある場合もありましょうが、私が育ってきた家族とは全く違う人々がいるのだ、と後になって知ったのでした。

 

 

「おかあさん」と言ってくれた子の今までの人生を詳しくは知りません。またここで書くつもりもありません。でも、私は後からじわじわと嬉しくなった。

 

他にも、こんなことが。

お坊さんが

「まきこさん(私の名前)が、実は本当のお母さんなんだね。」

と食事中何気なく言ったとき、ある子(男子)は

「本当~に、そうだったんですね。」

と、笑顔でこちらを見ながらうなづき、私は一瞬心が真空になりました。

 

真空とは「冷たい」という意味ではなく、「えっ」と耳を疑う感じです。

 

 

こう公然と皆の前で

「みんなのおかあさん」

と言われ、なんというか…言葉を失う自分がいました。

 

嬉しいというか、恥ずかしいというか、なんというか。

 

子供を物のように扱ったり、自分の都合でいろいろ苦しめる親の実態をとうとう受け入れた時、その子たちは「本当の」親は何なんだろう、と考え始めるのでしょうか。

 

ここではあの映画の万引き家族ならぬ、血のつながりの関係ない家族のような、そんな集まりに自然となっています。といっても基本は自立(とくに精神的に)を目標としながらも、普段の生活は大いに助け合う。

私が矢部さんの《大家さんと僕》という漫画に何となく惹かれたのも、

自然に心が通じ合い、そこはかとない愛情を通わす相手同志のお話(実話)だったからかもしれません。

 

歳をとるということは、身内だけが家族でなくなる、愛の成長というか形が変容をしていくのかと思います。

以前は私が怒ると激しく、怖いと思っていた子もいたでしょう。

(でも、心配していたんだよ…(m´・ω・`)m…)

 

                     ****

 

みんなに「おかあさん」と呼ばれてまだ慣れないけれど、

これからそう呼ばれても動じない、自然なおかあさんになっていきたいです。

 

足りない私でごめん…だけど…みんな、ありがとうね。