幸福はささやかに・・・

雨か、雪か?僧なのか、そうなのか?

お早うございます!

一昨日、さらさら雪が積もって雪かきをしたのですがすぐ溶け、今度は雨雪みたいなのが積もって、又溶け、気温は今朝6時で摂氏2℃。

 

あったかい。

 

あのマイナス10℃は何だったのでしょう?

・・・でも助かるなあ。

厚い下着の下に汗取り用の下着を着ていましたが、一枚脱ぎ、ズボン下もユニクロヒートテックともう一枚はいていたのを一枚脱ぎ、インナーも薄いものを重ね着していたのを一枚脱ぎ・・・して、今日はちょうどいいです。

 

 

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今朝のお説法は、遠鉢から戻ったばかりの鑑さんでした。

なかなかお布施の入りにくい県のある町を歩いたそうです。

その町では毎年新年が明けたときに、私度僧(しどそう)

が来て托鉢の真似事をするようになったため、お坊さん姿の人を見ると皆『偽者』と思って反応が悪いのだ、と聞いたそうです。

そんな後でも、ちゃんと一日やるとそれなりにお布施が入り、有難かったと。よかったです。

 

 

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      ~昨年の市内托鉢の様子~

 

托鉢はもともと修行のひとつであり、むか~し昔の僧侶は大体そうやって暮らしておられた。

 

30年~ほど前に亡くなられた盛岡のある有名なお坊さんは、子供時代、学校へ行く前に托鉢をし、それでいただいたお米を師匠に炊いてもらってお粥をお弁当箱に入れてもっていかれたのだとか。そんな方は、たぶん今の時代、ほぼいらっしゃらないでしょうね。

 

お寺で寒行などで列を作って修行として托鉢するのが本当の托鉢と思っている方も多いでしょう。しかし托鉢はお釈迦様が日常にされていたもので、「法の種をまく」という意味が強い。

衆人が問います。

「なぜ、畑などを耕して働かないのですか?」

お釈迦様応えていわく

「私も(法の)種をまいて、その実りをいただいているのです」

と。

アッシジのフランチェスコ

キリスト教・イタリアの聖人)も、映画の中でしたがやはり托鉢のようなことをされていました。小鳥でも何か啄ばめるのだから、人もそうやって生きられる、というような感じでした。(間違っていたらご免なさい)

 

 

和尚様が厳しく言われるのは

「儲けてはいけない。いつもとんとんか、少し足りないくらいで暮らす」

ということ。

今の自分はそれでも「豊かだなあ」と思います。

屋根のある家に住み、ご飯を頂き、お風呂にも入れる。十分です!

 

 

お金持ちになることは悪いことではないです。

私も個人的にはお金があったほうがいいと思います。でも、ここでは違う。

その理由は、歳とともに少しずつわかってきました。ただそうなのだからそうなのだ、ということではなくて、きっと飽和状態になるのは、美食が原因で病気になるようなものですからね。欲にはきりがないし。

そうならないよう、これからも「とんとん」を目指します。

 

 

最後に、鏡開きしたお餅を揚げて、お醤油・みりんで味付けしてみました。

すぐなくなりましたよ!

       

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あげ餅。

 

 では、今日もよい一日を!!