さもなくも愛おしい日々。

一つのお別れ

先日ブログを書いた日。

お昼前に慈光さんに電話がかかり、ここに10年くらい住まわれたご高齢のSさん(男性)が亡くなられた、という連絡を受けました。

 

Sさんは転院してまだ一ヶ月少しでしたが、91歳で老衰のため、医師から

「家には戻れないだろう、あまりもたないかもしれない」

と言われていました。ほんとに苦しまず、息を引き取られたようです。

入院するまでは割にお元気でしたのに・・。

 

もともとお一人暮らしで、小さなお商売をされて暮らしてきたそうで、何かうまくいかない時期だったのか、ある時立ち寄った人に「死にたい・・」ともらしたのがきっかけで、こちらでお預かりすることになったのでした。

 

生活保護を取ってさしあげると、急に元気になって毎日病院通いを始め、色紙に絵を書いたりお習字を少し教えたり・・

ただ、ご自分でも仰っていましたが個人主義でいらしたので、私たちと共に何かをするとか、仏様を拝むこともお掃除を手伝うなどもされず、お部屋にテレビと冷蔵庫他を置くのを和尚様から許され(他の人は禁止事項)自由気ままに暮らされていました。

いいことも特にされない代わりに悪いこともされない、迷惑もかけない、そんな存在でした。

 

ご親戚とも一切付き合わず、亡くなったとき市からのお寺への援助も勿論何もなく、きれいさっぱりと逝かれました。

でも病院からはお寺に遺体を一度戻してもらって、皆でお経を上げお別れをしました。その後市が用意した普通車に乗って、先ほど火葬へ─。

 

 

ご自分の「死」に際し、ご希望も特になく、Sさんらしい逝き方だなあ・・と感じました。そのままですとこちらとの縁が切れ、市の「無縁仏」に入るはずでしたが、うちで納骨をすることにしたのは、皆の気持ちでしょう。

 

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棺にはお習字の最後のお手本と、色紙の絵を2枚入れ、見送りました。

 

 

ここにはいろんな方がいらっしゃいます。危ない方(色んな意味で)は和尚様が判断され、住めない場合もありますが、お年寄りから子どもまでバランスよく居るのを理想としています。

 

今は人数が少ないですが、またご縁によって住まわれる方もいらっしゃるでしょう。

寿命をしっかり全うしたSさんの人生─幸せだったか聞いたことはありませんが、「生きたように人は亡くなる」というのは本当だなあ・・としみじみ思ったことでした。

 

葬儀はまた、皆がいる4月にゆっくり行う予定です。

Sさん、まずはここに帰れるから・・良かったですね!

                                  合掌