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思遠の毎日

日々のこと、感じたことなど、備忘録

さもなくも愛おしい日々。

憤りと・・

 

フランスでの同時多発テロ・・

あまり社会的なことを書くつもりはありませんが、何の罪もない人たちを、卑怯なやり方で殺すのは、悪魔のような仕打ちです。

なんだか怒りを通り越して気の抜けるような、嫌な思いに包まれました。

ふいに殺されてしまった方になんとお祈りすればよいのか・・・

今はただ 合掌するしか出来ない自分です。

 

                 *****

 

話題は変わります。

今朝のお説法で宗鑑さんが話したことが印象に残っているので、少し書き留めます。

昨日まで約10日間の托鉢に(主に宮城の沿岸部)出かけていた宗鑑さん。

いつも行くと戸を開け放して歓迎し、お茶などもてなしてくださるHさんのお店に向かったところ、店員さんから

「主人は数ヶ月前に脳溢血になり、今植物人間になってしまったのです」

と告げられたそうです。驚き、お会いできずにとてもがっかりしましたが、まずは良くなって下さる様拝んでそこを去りました。

 

またある病院前に、見慣れない観音様が立っていたそうです。「あれ?」と思ってそこで拝んでいましたら、病院からご夫婦らしいお医者さんがすぐ出てこられ、

「震災で流れ着いた観音様を拝んでいただき、有難うございました。どうしていいかわからず、こうしてここにお祀りしています。」

と話してくださったそうです。

うちのお寺にも石巻瓦礫から来た観音様があります。それをお話しし、改めて般若心経をまたあげると、とても喜んでくださったとか。

後から皆で「いい出会いでしたね」と喜びました。

 

宗鑑さんは帰ってきて、

(一人の人は、その町そのものだ。たった一人の方との出会いも、その町との出会いだ)

とこれまで以上に強く感じたそうです。

もう治らないかもしれないHさんも、托鉢というご縁で知り合った方。その方といえば、○○町、とすぐ思い浮かぶのだそうです。

数え切れないほどの色んなエピソードが托鉢の中にはありますが、今回はその思いを強くしたようです。

 

私は、植物人間になってしまったHさんの、震災を経てのこれまでのご苦労と心意気、お人柄の温かさを想像し、お会いしたことはありませんが胸が痛くなってしまいました。

 

 

お互いの「ありがとう」が理屈を超えて通じ合う、そんな人と人、町であってほしいと強く願います。

 

私自身も、ささやかな、しかし大切なものを見失わないように、足元を見つめてまいりましょう。ひっそりと、ただ静かに─。

                                  合掌

          

 

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