さもなくも愛おしい日々。

目の訴え

      f:id:moshiryu33:20150617074344j:plain 『呪われた王』:ルオー

 

わが宿坊の4階に、この絵のコピーが額に入って飾ってあります。

階段を上がった突き当たりですので、いつも目にするお顔です。

私はこのイエス様(ですよね!?)を拝顔するたび、自分の父の眼と絵の中の眼差しが似ているなあと感じるのです。畏れ多くも・・・

 

父はとても働き者で、お母さんみたいな面もある、いつも忙しい人でした。生きているうちは弟達とぶつかったり、耳が少し悪いこともあってか大きな声を出すので、家族からは敬遠されていた時期もありました。

でも私のことはいつも心配し、「まあこ、まあこ」(自分は牧子という名前です)と呼び、何かと世話を焼きたがったんです。

脳梗塞を何度かしてからだんだん体が動かなくなり、178センチの身長で70キロぐらいあった体躯がどんどん痩せて、最後はちょっとかわいそうな亡くなり方でした。

 

元気だった父の眼は丸くパッチリして可愛いのです。憎めない表情で、ユーモアたっぷり。

母が21年前に亡くなり、それから大分がっかりして、それでも畑などやって頑張っていました。あんなに一所懸命だったのに、なんだかなあ・・・と感じる最期で、今でもなぜか父に謝ってしまいます。

 

エス様の眼が訴えるのは人類を憐れむ、慈しみです。見るときによって、とても悲しそうでもあります。深い悲しみもありますね。

父はただの市井の人ですが、やっぱり人を愛し、動物を愛し、植物や山など自然を愛していました。

誰にでも作った野菜をあげ、牛乳配達ではいろんな家の犬を牛乳で手なづけたり・・・ボーイスカウトも長年やって奉仕活動が大好き。仕事より、そっちが主か?と思うほど、何にでも熱血漢。まあ、愛すべき人でした。

欠点は確かに強烈なものがあります。でも、それ以上に世界を愛したのでは?と今は感じています。晩年の悲しげな表情も似ているように思います。

ルオーの傑作は、見る人の心の状態で色々に感じることが出来ますね。

 

(「目が似ている」他に理由はありませんが)これからもこの絵を見るたび、父がいるように感じるでしょう。

「パパ、私は今日も元気だよ!そっちはどう?」

と、心の中で声をかけます。すると、笑っている父が、すぐ思い浮かびます・・