さもなくも愛おしい日々。

さくらがさいた

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まだ裸木のカラ松と、左は木蓮、右はこぶし。葉っぱがないので空が透けて見えます。

 

f:id:moshiryu33:20150423073742j:plain お掃除中に撮影。

夜露と朝露を吸ってしっとりした大地、そしてこのチューリップも眠りの中のように

静かに咲いていました。

 

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そして・・・やっと屋敷内の桜が満開に!! 工事の際半分切られたため、何年も花が少なく、残念に思っていましたが・・この美しさ。ため息が出ます。

 

 今朝は朝日もマットな感じで不思議でした。パ~ッと明るくなるのではなく、包むような優しい明るさでした。青空も広がっているのに、どこか控えめな・・。

 

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 最近いろんなことがリンクして、いささか興奮状態になったりしました。でも、日常は変わらず淡々とすべき事をする毎日。

 多くの素晴らしい言葉やお話も、ただひとつの行為・思いに落ちていかなければ何にもなりません。感動は感動で事実、それが自分の命に刷り込まれ、やがてすっかり忘れ果てたとき、本当に身についたと言えるのでしょう。

 すぐには思うようにならないわが身を叱咤激励し、反省をくりかえし・・・。

 

 ここで亡くなった『道』の先輩のお婆さんは、それは失敗の多い人でした。でも、それを補って余りある求道パワーの大きいこと。社会的なことまた家事などもいわば「できない」方なのに、とてつもなく高貴なものをお持ちでした。今もその方の文章を読むと、感動が蘇り、原点に還ることができます。本当に純真で可愛いおばあさんでした。と同時に、今で言う東北大(師範時代)を出ていらっしゃるインテリでもありました。

 

 やはり人にはそれぞれ行く道・求める道があって、たとえ社会できちんと生きていても、自分の興味対象を追求したいものではないでしょうか。

 私自身は社会的に活躍するタイプではないのですが、生きるため、子供を育てるために頑張った時期はもちろんあります。それを終えて、ご縁をいただいてここで学んでいけるのは幸せなことだと自覚しています。

 でも凡夫ゆえ、すぐ大事な事を忘れがちです。ただ諦めずにやっていくしかありません。

 

おまけ:元特攻隊員のおじいちゃん。f:id:moshiryu33:20150423081840j:plain

最敬礼が決まっていますね。昨日89歳になられ、イカ刺しがついて喜んでいました。身寄りのない方です。

 

 木蓮や桜を見ていると、いろんな事を教えられます。厳寒を乗り越え、こんなに美しい花を咲かせる。その忍耐と、時期を知って咲く潔さ、そこにはなんのはからいもなく、ただ天に任せている命があるだけです。

 

 頭でっかちにならず、そのように生きられたら最高だな!と思っているところです。