さもなくも愛おしい日々。

やっと・・・!(18日のことです)

*4月19日とありますが、今日・20日の更新です。

 

ベトナムの禅僧ティク・ナット・ハンさんのドキュメント・第2をやっと見ることが叶いました。

18日の午後1時からの再放送。ブログ仲間の方から教えていただき、待ちに待っていた瞬間です。

 

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若い女性と一緒に見ました──でも第1を抜かしているのが悔しかったです。

大きな長い戦争に巻き込まれたベトナム。その歴史抜きにこの禅僧の歩みはなかったでしょう。でも、決して戦争を起こし国土を破壊した相手を憎まず(チベット人もそうですね)それ(その問題や、感情)を抱きしめるという、その勇気と大きな慈愛に、ただ頭が下がる思いでした。

 

お話そのものは、うちの和尚様がいつも仰っていることととても似ています。

そしてお優しい笑みを湛えているあのお姿に、本当の仏様とはこういう方を言うのだ、と感じました。

 

ドイツの方の、「自分がドイツ人である事を許せなかった」という場面には衝撃を受けました。歴史と向き合ってきたドイツだからこそ、こういった人が現在もおられるのかと・・でも、このことはとても考えさせられました。

ナチの使っていたホテル(元精神病院だった建物・・その患者さんは皆殺しにされた)がドイツ人にとって負の遺産であり、また気の滅入る嫌な場所であるのに、そこをあえて研修の場にし、慈愛溢れる空間に変えた・・この真実にも心底感心しました。

 

辛く悲しい経験は、ときに人を捻じ曲げてしまう場合があります。でも、ティク・ナット・ハンさんは愛のパワー(ごく静かで、平和な)で、わかりやすい言葉で大衆に語りかけ、同じ慈愛の存在であることを皆の命に吹き込み、結果的に救います。

皆、そんなハンさんの言葉や存在から自分に必要な何か、また本当にほしかったものと出会い、自分を救っていくのではないかと感じました。

 

この方がこの世におられることの安心。

そして国境関係なく、多くの人が仏陀の教えに基づいて、慈悲の心で自分も相手も真に生かし合い、存在を大切に出来るようになるのは、なんともいえない感動です。

 

和尚様がよく言われることに、

「今自分が食べられているのは、食べられない人の上にいるという事を忘れてはならない」

「自分も相手も同じ存在。相手は自分だと思って行動すること。また相手の発した言葉も自分の鏡なのだから、いちいち怒ったり悲しんだりしてはいけない」

「存在はすべて慈愛である。それなしに存在し得ない」

他があります。だから賢治さんの「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」は最もだ、と言われます。

それは、このティク・ナット・ハンさんに全てあてはまります。

 

ああ、和尚様の話をただ気持ちよく聞いているだけでなくて、とにかく血肉化できるようにならなければ・・・。

 

*東北大震災に寄せた、お手紙の動画です。

www.youtube.com

 

教えてくださった皆さんに、心より感謝します。また次も観られますように・・・