思遠の毎日

日々のこと、感じたことなど、備忘録

さもなくも愛おしい日々。

いろんなことがあり過ぎて・・

10日の日、新しい人がご両親とおいでになり、1人の男性は四国遍路に行き、1人がまた戻ってきて(一度来て、勝手に帰った人)・・・とややこしい一日でした。

 

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そして息子が托鉢から帰ってきて、お説法でこんな内容の話をしていました。

 

「私は初めて人が車に轢かれるのを見ました。

子どもが、ドン!!という音で跳ね飛ばされ、ぐったり道の真ん中に倒れてしまいました。

轢いた男はホストっぽい奴で、「なんで飛び出すんだよう!!」と言いながら出てくると、「大丈夫か??」と聞き、子供の手を握りながら、携帯で(たぶん救急車を呼んでいたのか)話し始めました。

私は引きつけられるようにそこへ寄って、「何か出来ることありますか?」と聞き、様子を見ていました。托鉢中で鉢と鈴しか持っていないし、何も出来なかったのですが・・

でも私は初めてのことで、少し気分が悪くなっていました。

 

周りの人が気づいて、少しずつ皆、それぞれが出来る事を考えたのでしょうか、遠目で驚いていた人たちも座布団を用意したり、後ろの車の人は交通整理を始めたり、それはほんとに少しずつですが動きが出始めました。

ホストっぽい男は子供の手をずっと握っていましたが、そのうち子供は立ち上がり、座布団のほうへふらふらと行き、そこでまたぐったりして頭と口から血を流したまま頭を後ろにして坐り、静かにしていました。

5分ぐらいで救急車が来て、子供を乗せ、でも中で連絡とかあるのでしょう、15分ぐらいそのままでしたが、やがて動き出しました。

しばらくして私もまた気を取り直し、歩き始めたわけです。

 

人は、困っている者がいると、自然に自分の出来ることで助けようとするのだな、何をすればいいか考えるものなのだな、とその時感じ、心に残りました。

ただホストっぽい男は、傍のコンビニの駐車場へものすごい切り替えしをしながら車を入れていました。あんなことするから、人を轢くんだ、と腹が立ちましたね。

とにかく、あの子どもが助かればいいのですが・・・・。」

 

 

彼は話が上手な人ではないけれど、言いたいことはよくわかりました。

人が困っているとき、無視などできないのが日本人かもしれないな、と思います。事実を見てしまうと、一人は一人の分しかできないが、でもできることをしたら、その場はとても助かります。

彼はきっと、人の命に関する本質を無意識に捉えたのでは、と感じました。いい意味で、入ったと思います。信じられる、という以前の、もっと人間的な・・・。

そしてその子供さんが、重症でない事を祈ります。早く元気になってほしい。

 

 

何だかまとまりがなく、すみません。ちょっと疲れているみたい。

 

いろんなことは不意にやってきます。私も、新しいメンバーを迎え、また淡々とやっていくだけ。そのうち、おのずと流れが出来てくる。

そう、目の前のことをしっかりやろう!ひとつずつ、きちんと・・。