さもなくも愛おしい日々。

今週のお題から

今週のお題特別編「この春に始めたいこと・始めたこと」

     f:id:moshiryu33:20150409235306j:plain

始めるというか、もうちょっと真面目にやりたいのが、自分を知ること

このままだと、時間が足りなくなってしまう。

 

 

禅では、「お前は誰だ?」という質問をよくされます。

 

大抵、聞かれた人は、名前を言います。

でも、「その○○というお前は誰だ?」

と更に聞かれます。

どんどん聞かれて、とうとう何も言えなくなり、黙り込む。普通の人はそれで終わりです。

禅問答としてのそれは、一瞬の、本物の自分(の命)をさらけ出さなければ、いつまでも合格しません。師匠がそのもののその人(命)であると認めたとき、初めて許されます。

 

私は誰なんだろう? 

ただある命として、何の手垢もつかず、後天的な教育もはがし、思い込みは勿論、勉強したことも全て捨てて・・・

捨てて捨てて捨て果てて、そのときやっと自分がただの自分になる。

 

私はやるべきことが沢山ある日常に於いて、なかなかそういった手放しになれることはないのですが、でも、幸い頭で自分勝手な理論を組み立てることはしなくなったし、どこからか持ってきた知識で安心するということもなくなりました。

何か書くときは、誰が何を言っているか、ということを例題として出すも、自分は感じたことしか書けないんです。

 

だって、安心って、そういうものじゃないし・・・。

 

当面の私の目標は、大安心(だいあんじん)の底に浸ること。つかむことって言うのかな?どちらにしても、それしか生きている間の目標はない。

 

だから、知りたいうちはまだ頭脳のマスターベーション。身につけたいなら、その様式を学んで取り入れる。完全にそのものになるためには、資質と、感性と、取り払う勇気と、シンプルさ、継続力が求められると思う。

 

脳のマスターベーションは、もう若いときにやった分でいいかな。

忘れかけてるしね、結構。

超シンプルで、超リアルのなかで、やっと自分が少し保てている気がする。

 

でもまだすごく甘い─リアルの中に飛び込むのは大変。

 とりあえず自分が自分と思っている自分を検証して、また自分と付き合うってことかな。