思遠の毎日

日々のこと、感じたことなど、備忘録

さもなくも愛おしい日々。

好きな本から

 

f:id:moshiryu33:20141211075602g:plainおよそどんな冗舌にも不足していないような時代に不足しているのはただ一つ、ほんとうに必要な言葉だ。みずからゆたかに沈黙できるような言葉だ。

                 モーツアルトのように─長田 弘『私の好きな孤独』より

 

とても好きな長田弘さん、今日はその一節が心に響きました。

近藤嘉宏 さんのジャズアレンジ「井上陽水」を夕べ久しぶりに弾いていたら気持ちよくなって、その後夜の読書でまた久しぶりに開いた長田さんの本に(ああ、やっぱりいいな)と体が同調していたのでした。

 

 

・・なぜならピアノの上の手は、いつだってわたしに、「おれたちの欲望にはたくみな音楽が欠けている」とランボーが喝破してからもう、一つの世紀が過ぎているというのに、いまもなおわたしたちの欲望には、たくみな音楽が依然として欠けたままであることを、けっして忘れさせない手であるからだ。

 わたしたちの時代には、わたしたち自身の、つくりなおす手が欠けている。

                           手─長田 弘 上記に同じ

 

これもいいな。「音楽の発見は、じつは、手の発見なのだ・・」というところで(あ、そうか)と思ったんだけど、上の「ほんとうに必要な言葉」と同義にも感じられますね。

間違ってないなら─何かを踏襲するのではなくて、本当に創り出すということが人間の根源的な欲求であり力であるなら、生み出されたものは本当に必要な言葉であり、たくみな音楽なのだということか。

 

考えてみると物でも音楽でも考え方でさえ、学んでつけた知識から生み出されたものがほとんどで、そこをすっかり壊して乗り越えることって、なかなかできない。

だからバッハや・・・ピカソや利休さん、文学なら日本では私は阿部公房さんだと思うんだけど、そういった人は自身の・・というか今を生きる人類の・・言葉を持っていることになる。

 

かっこいいなあ。

私ごときが自分の概念を壊されるのは当たり前だ。とうにひれ伏してます。

 

バロックでさえその当時かなりセンセーショナルなものだったのだから、人間が新しくオリジナルを創るのは大変なことなんだね・・。

 

でもね、若い皆さんが言葉を大切にしてできた歌や、唐突だけど・・久しぶりにラウドネスを聴いて(ああ、やっぱり上手いなあ)とただ感じられるだけでも私は幸せです。壊してできたものには最初共感を得られ難いという山がありますが、形式とか下手な曲でも共感されれば(すなわち好かれれば)売れたりする。

やっぱり現実は色々大変なんだよね。

 

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あとね、お正月に確かベルリンフィルコンマス樫本大進さんが来るんだけど、行きたいなあ。

 結論:凡人は楽しみ学ぶだけで、発見しないまま一生過ぎちゃいますね!