雨の日

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雨に濡れて、何となく色が立ってきた、庭の一部。ただの草もかわいい。


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      今日のオヤツ。こないだもらったあられとオランジーナ。

今朝はちょっとフラフラしていたので、少しゆっくり起きました。午後の仕事には行きましたけど、たまに低気圧が来る前の日から少し体調を崩すことがあります。皆さんはいかがですか?

今日はそういうわけでゆったり過ごしてます。
森本哲郎さんの『ことばへの旅』という本をめくって読んだり・・なかなかじっくりいい言葉と向き合うには時間があっても、心が慌ただしいとす~っと入ってこないもの。言葉ごとに森本さんの考えや感じ方、捉え方が比較的短く書いてあって、好きなところを選べます。今日は幾つか読めました。

どれもいいんですが、今日はハイデッガーの「単純なものこそ、変わらないもの、偉大なるものの謎を宿している」という節が良かったです。
托鉢に出た僧侶の皆さんの帰りが遅くて、たまたま誰もいない食々(じきどう)で窓の外を見ていたら、その濡れた草々が美しく、ただそれだけなのにずっと見入ってしまいました。雨や草、なんの変哲もない石ころが皆輝いてみえ、ちょうど後で読んだこの節とぴったりでした。
(実は、公文の丸付けのバイトの時、ほんのちょっとの間に読んだんですが、そのときこの外を見ていた時間を思い出しました)

f:id:moshiryu33:20140516212919j:plain ちゃんとカバーに入ってます。表紙は、安野光雅さんの絵。これはもうだいぶ前に和尚様が買われたもので、今は文庫本も出ています。


ほかの仕事をしたり全く違う雰囲気の中にいると、そのことは忘れます。でもまた何かの時にふっと思い出す「ぴったり感」。説明できませんが、草が草であるように、私もわたしそのものであるときに、いろいろな物たちと感応しあえる気がします。

またその時ふと思ったのですが、絵を描く人は、やはり対象をよく見ているのだろうなあ、ということ。なんて美しいんだろう、と感じた光や色、形・・・やはりなにかしら感動があって、描きたい気持ちが出てくるんでしょうが、描いた絵が上手いかどうかは別として、その時間は多分いつも見過ごしてしまう人よりもゆっくりと過ぎているだろうし、(描く人は)単純な対象と共に同じ時間に存在し、そのこと自体がけっこういいなあ・・・と思います。

価値を見出す、ということではなくて、存在するもの同士が存在を見つめ合う時、というのがとても贅沢な気がしたんです。こんないい場所に住んでいる私ではありますが・・・

もう今日は寝ます。人ばかりでなく、周りの命あるものの存在・・特に自然に本当に感謝です。