お寺に住むようになったいきさつ 補足

もともと私の生まれた家は門前(お寺の前)で、代々信仰心の深いご先祖様の家だったようです。
そこで遊んだり、お祭りの山車を作ったり・・・いろんな思い出があります。途中育ったところはそこから近いところで、私が一番好きな家。またその後、家族は一回引越ししました。


父がとうとう亡くなって、私も少しずつ回復していき、お寺に住むために実家をどうするか、兄弟(弟ふたりと妹)と相談の上、思い切って整理しました。とても大きな家で、建坪が100坪ぐらいあったのと、敷地も広かったので税金が半端ありませんでした。

その前に自分が教室をやっていてアパートにしたのは、祖父母が住んでいた土地で、子供が母しかいない彼らは、私が知らぬ間に(私を)養女にしていました。そこは出戻ってから20数年、祖父母の手伝いをしながら子供と頑張ってきた思い出の土地です。



前後しますが、28歳の時に出会った女性Kさんは喫茶店を経営していて、たまたま行っているうちに仲良くなり、そこで今の和尚様とも初めてお会いしました。和尚様は居士でいらして、全国を行脚してある確信を得ておられましたが、ご自分のためにお寺を創ることはまったく考えてなかったのです。

私は自分のことでいっぱい。そのうち、和尚様を頼って困っていたある一家が転がり込んできます。急遽、住むところをKさんなどが見つけ、またちょうどその頃修行生活45年というM老女と縁ができ、その人たちが一緒に住むようになります。
子供たちもいたのですぐ手狭になり、和尚様は決意され、皆が集える場所を求めました。それが今の場所ですが、和尚様の縁故により九州の臨済宗のお寺さんの道場として始まりました。最初はとてもゴミが多く、この地域ではお化け屋敷と言われていたそうですが、和尚様が20年かけても自分できれいにしよう、と片付けを始められました。
あまりにも大変そうだったので手助けしたい人が増えて、私たちはお弁当などを持っていったり・・そうしているうちに、あっという間に片付いてしまいました。すると、びっくりするほど良い場所でした。


さて、昔若い頃の行脚中に何度も「お寺を継いでくれ」とか、有名なお寺で得度までさせられた和尚様でしたが、普通のお寺におさまる気はなかったそうです。しかし先の状態になり、よし、と皆のために立たれ、開かれた場所として皆さんのためにやってこられました。私たちも時間があれば、出来うることはしました。ご飯を作ったり、補修など・・
私はとにかく由緒あるお寺の通り作られた坐禅堂で坐れるだけで幸せでした。
忙しい自分の日常、坐って空っぽになれるこの時間、というメリハリがすごく良かったです。


体の方は、術後二回入院しました。ちょと危ないのが一回、熱中症みたいなのが一回。どちらも一ヶ月です。
でも今は大丈夫。息子も修行や行脚を終え、(10年離れていましたが)今は皆と同じようにいい関係で暮らしています。

余談ですが・・アメブロで出会ったある占星術師さんがいるんですけど、その方に今年初めてみてもらったところ、私のことを何にも知らないのに、これからず~っといいんですって! やった~!わ~い!!

24から四半世紀少し苦労して、いまやっと何の憂いもありません。やっぱり人生って、苦あれば楽有り、ですね。

かわいがってくれた祖父母がいつも見ていてくれるようで、それも私の中で大きな存在です。


では・・・とりとめなくなってしまいましてすみません。
おやすみなさい。皆さんにも、きっと苦労ばかりでないことをお伝えしたかったです。ちょっとだけ、ね。